articles
科学から考える、“幸福度の高い家”の秘密
気持ちの良い空間、というものがある。デザインやインテリア、色合いなど、気持ち良さの源泉は人それぞれだが、多くの人に共通するのが「自然を感じる」ということではないだろうか。ではなぜ、人は自然を感じる空間を心地よく思うのか。科学の学説を踏まえて、幸せな空間について考えてみたい。
おばあちゃん家の縁側の、確かなしあわせ
祖父母の家で縁側に座ってスイカを食べ、緑豊かな庭に向かってタネを飛ばす。気持ちの良い風が風鈴を鳴らし、清々しい気持ちに包まれる――このような日本の原風景は、いまでは都市部ではめっきり少なくなってしまった。かつて、暮らしの中に自然があり、自然の中に暮らしがあった。そしてそれは、確かな幸福感を生み出していた。
そもそも、人はなぜ自然を感じることで豊かな気持ちになるのだろうか。これを説明する学説に、「バイオフィリア仮説」がある。「バイオフィリア(Biophilia)」とは、アメリカの著名な生物学者であるエドワード・O・ウィルソン(1929〜2021)による造語で、「バイオ(生命・生物・自然)」と「フィリア(愛・友愛)」という2つの言葉を組み合わせたもの。「人間は潜在的に自然や他の生物とのつながりを求める本能的傾向があり、自然と触れ合うことで健康や幸せを得られる」という概念だ。
大雑把にまとめてしまうと、「自然志向はヒトの本能」ということだ。

世界で広がるバイオフィリックデザイン
今、このバイオフィリア仮説の考え方に基づいた「バイオフィリックデザイン」が、ウェルビーイングや健康経営の観点から注目を集め、オフィスなどで導入が進んでいる。植物や木材、自然光や自然音など、自然を感じさせる要素を採り入れることで、そこに居る人の幸福度や生産性などを高められるとする空間デザインの手法だ。ロバートソン・クーパー社の研究によると、植物や自然光など自然の要素が身近に存在するオフィスワーカーは、そうでない環境下のワーカーに比べて、幸福度が15%、生産性が6%、創造性が15%高くなると報告がなされている。
バイオフィリックデザインはオフィス以外にも広がっており、たとえばGoogleはニューヨーク市にこの考えを取り入れたPier 57をオープンしており、植栽豊かなルーフトップはニューヨーク市民の憩いの場に。国内でもスターバックスの表参道ヒルズ店、JR熊本駅ビル、東京都立川市の商業施設「GREEN SPRINGS」、大阪府泉大津市図書館、話題を集めている「グラングリーン大阪」など、多くの店舗や施設でバイオフィリックデザインが施されている。

暮らしの中に自然を取り戻すとき
さて、翻って住宅はどうだろうか。特に都心部では土地単価の高騰やライフスタイルの変化などで庭のない/少ない住宅が増え、周囲の緑も減って居住空間と自然環境が分離されてきた。その傾向にデジタル化が拍車をかける。仕事も家で完結するようになり、「最近、緑を見ていない」という人も少なくないだろう。だけども、人間は依然“バイオフィリア”だ。キャンプブームがあらわすように、私たちの多くは自然を渇望してやまないし、そこで得られる感覚は何物にも代えがたいと感じている。だからこそ、住宅におけるバイオフィリックデザインは、今後ますます需要が高まっていくだろう。
そんな背景もあって、冒頭に記した縁側や軒下など、日本の伝統的な半屋外空間が再び脚光を浴びている。外でもなく内でもないあいまいな場所は、私たちに自然とのつながりを日常的に与えてくれるからだ。あの“おばあちゃん家の軒下”がしあわせに包まれていたのも、ちゃんと理由があったのだ。
温故知新。そこに現代の技術やデザインが加わることで、これまでは考えられなかったような大きな軒下空間が誕生し、そこでは自然と暮らしがより豊かに交わる。現代の住まいならではの幸せのかたちも、きっとそこにある。
